
ニューヨークに住んで30年目になりました。
25年前のワールドトレードセンター崩壊の日も、私はニューヨークにいました。
その時のことを書きます。
2001年9月11日は、火曜日でした。朝のニュース番組をつけて外出の準備をしていて、
目に飛び込んできたのは、燃えているツインタワーの南棟。日本語では世界貿易センタービル、ニューヨーカーは、ワールドトレードセンターまたは、ツインタワーと呼んでいました。
はじめは、見ていて何が起きたのかわかりません。火事?
飛行機2機目が2本目の北棟にもに突っ込みました。
信じられない!!!その後、ビル崩壊。え?え??現場にいる人は、直後は何がおきたかわからないものです。情報が交錯します。仕事に行く時、ツインタワーの方角をみると、いつも見えていたツインタワーが消えています。ツインタワーがあった位置からはすごい黒煙が上がっていました。
すぐにはビル崩壊の火が消えず、1週間以上燃えていて、煙が上がり続けていました。遠くからでもわかるほどでした。
ツインタワーのあったダウンタウンは、数ブロックに渡って通行止め、すごい瓦礫、煙、息ができない状態でした。街全体に毒ガスが撒かれたような、化学物質が燃えた臭いがしていて、街自体の機能が麻痺していました。たくさんの犠牲者がでました。そして救助にむかった多くの消防士、救命士の方が殉職され、街の消防署には追悼の黒リボンが、掲げられました。その数が日に日に増えていきました。
日本人は24名犠牲になりました。貿易センタービルで仕事をしていた方々です。
最上階に観光にきていて被害に合った方も、、。
一方、命拾いした話も。以前一緒に働いていた同僚。遅刻魔でした。何度も遅刻してくるので、私は困っていたのですが、、。
その元同僚、ワールドトレードセンターで仕事の日、9/11の朝に遅刻したので、被害を逃れました。(9/11、火曜日の朝に時間通りに出勤していたら、ツインタワーの中でした。)
人生って、わからないものです。
あんなに瓦礫の山だったところに、今は、メモリアル施設があります。
今は観光でニューヨークに来た人が、たくさん訪れています。
私は胸が苦しくなるので、できるだけ跡地に近づかないようにしています。
実際に瓦礫の山、焼けて溶けたツインタワーの鉄の塊をこの目でみて、焼け焦げた臭いを覚えているので、、、。25年たっても、忘れません。
メモリアル施設には犠牲者全員2977人の名前が刻まれています。
日本人24名の名前も刻まれています。
人生、本当に何が起こるかわかりません。
今まで一度も語ったことはないのですが、25年経って、初めて思いを書きました。
私は、日々無事に過ごせることに感謝します。





